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JIRO WEBインタビュー(Vol.52)

Vol.52 JIRO WEBインタビュー

20周年の一連の活動を振り返って。THE PREDATORS(※1)の活動について

――東京ドーム公演(5月30・31日)を今振り返って、一番印象に残っているのはどんなことでしょうか?

JIRO:印象に残っているのは、やっぱり、10年ぶりに白いジャケット(※2)を取りに行く、というのを皆が楽しみにしてくれていたこと。俺たち自身はそれをちょっと茶化そうとしていたけど(笑)、ラジオに届くメッセージとかから、「白いジャケットを取りに行く姿を目撃できるんだ!」というワクワク感が伝わって来たし。公演が近付けば近付くほど、そういった声がたくさん届いていたので。

――2日目公演の朝、JIROさんのアイディアでセットリストの一部を変更されたそうですが、どんな想いからだったんですか?

JIRO:なんか、しっくり来ない部分があったんですよね。初日にすごく盛り上がったんだけど2日目にはやらない曲もあって、でもやっぱり入れた方がいいな、と。俺たちは"2日間のトータル"でいろいろな物事を考えていたんだけど、初日しか観られない人・2日目しか観られない人もいるっ、と考えた時に、初日を終えてみて、2日目のベストを目指す余地がまだあるんじゃないかな?と思ったから。具体的には、「SHUTTER SPEEDSのテーマ(※3)」は初日で爆発的に盛り上がったから、「これは武器としてデカいな」と思ってたから、入れてみたり。最近、自分のモードでは「「SHUTTER~」頼りにしたくない」という気持ちもあったんだけど、たぶんそこを望まれてるんだろうなと感じたし。「自分がやりたいかどうか」よりも、「やったほうがうまく転がるんじゃないかな?」という判断の基、提案してみたんです。あとは、元々オープニングでやるはずだった「HEROES(※4)」を、2日目は「疾走れ!ミライ」に変えてみたり。ドーム公演のような大きな会場になると、オープニングでこちら側の実験精神を試す必要はなくて、しょっぱなから掴みに行かないとその後に引き摺っちゃう可能性がすごく大きい、と思ったから。最後の最後に「HEROES」をやることで、最新の俺たちのメッセージを受け取ってもらうことができるんじゃないかな?と思ったんですよね。

――2日目、「RAIN(※5)」でYOSHIKIさんと共演されたアンコールの場面は、JIROさんはどう振り返っていますか?

JIRO:YOSHIKIさんとは、「よろしくお願いします」とご挨拶する会を4月ぐらいに設けたんですけど、俺はそこで久々にお会いして、「夢への大きな一歩が本当に動き出したんだな」という感覚がすごく強かったですね。リハーサルでは、俺の目の前でYOSHIKIさんが生でピアノを弾いていて。ベースの指板を見た(目線の)すぐ先にYOSHIKIさんのピアノ、手元から何から全部が見えるような一番近い位置に俺はいたから、「すげぇ!」と感動して。これはきっと本番で盛り上がって一番のピークを迎えるんだろうな、と思っていたら、実際、本当にすごかったですね。2日間合わせて「全部持って行かれた!」っていう(笑)。

――デビュー曲をプロデュースされたYOSHIKIさんとステージに立たれて、20年の歩みが蘇ったりもしましたか?

JIRO:俺は、「RAIN」のレコーディングの時ぐらいにしかお会いしてないから、懐かしい感動の再会という感じではなくて、「20年会わなかったけども、こういった舞台にお互いまだ立てていますね。そして、これからも立てますよね? 頑張って行きましょうよ!」という感じがしたかな。「まだまだ俺たち、やらなきゃいけないこといっぱいあるよね」という確認をした気がする。

――未来を感じる、というような?

JIRO:それはすごく感じた。4月の顔合わせの時にも、YOSHIKIさんは「俺たちがまだまだ変えて行けるよね、変えて行かないといけないよね」という話をされていたから。

――それは、音楽シーンを変えて行く、ということですか?

JIRO:そう。その言葉を聞いて「すごいな!」と思って。未だにそういった強い野望を持って音楽をつくっていらっしゃるんだな、本当にすごいな、と思ったし、刺激を受けましたね。

――20周年の締め括りに相応しい舞台でしたよね。その後も、トピックとなる活動が続きました。まず6月27・28日のLUNATIC FEST.(※6)はいかがでしたか? TAKUROさん曰く、SUGIZOさんの出演依頼の言葉を、JIROさんがまるで遮るような勢いで「出る、出る!」とおっしゃっていたそうですが。

JIRO:誰がどの順番で言ったかは分からないけど(笑)、俺たち全員SUGIZOさんには本当に昔からお世話になっていて。エクスタシーレコード(※7)でやると決まって初めてのライブにも観に来てくれて、「よろしくね。頑張ろうね」と言ってくれていたから。要所要所でGLAYのライブを観に来てくれていて、俺たちの活動を応援してくれているのが話しているとすごく伝わってくるので、「この人の誘いは断れるわけがない!」という想いはありましたね。

――通常はJIROさんがセットリストを取りまとめられていますが、LUNATIC FEST ではHISASHIさんが主導権を握られたんですよね?

JIRO:そうですね。「この曲やりたい!」というのがHISASHIの中にあったので。まぁ、最終的に曲を並べたのは俺なんだけど(笑)。途中で「もう、分かんなくなって来た!」とHISASHIが言い出して、「じゃあ俺に任せろ!」と言ったTAKUROも、「うーん、分かんない!」と頭を抱えていたから。そこで俺が、元々は「SHUTTER SPEEDSのテーマ」が入ってたんだけど、「いや、要らないんじゃない?」とか、「微熱Ⓐgirsサマー(※8)」をやめると言っていたのに対して、「いや、それは大事だからやったほうがいいよ」という話をしました。でも、「HEAVY GAUGE(※9)」や(LUNA SEA(※10)の)「SHADE(※11)」をやりたい、と言っていたのはHISASHIで。いわゆるヴィジュアル系の世界のファンの人たちが好きそうな音楽のチョイスとしては、「HEAVY GAUGE」が合ってる、と俺も認識してたし。GLAYのポップサイドと、キッズの頃に持っていた「アンダーグラウンドシーンが好きだ」という部分、その両面をHISASHIはちゃんと出したかったのかな?と思いましたね。

――そんな経緯があったんですね。続けて、7月1日にはチャットモンチー(※12)との対バンもありました。特に想い出に残っている場面と言いますと?

JIRO:一番は、打ち上げであっこちゃん(福岡晃子・Ba&Dr)が喜んでくれていたことかな。誘ってもらったのは昨年末ぐらいだと思うんだけど、「無理を承知でお願いしていいですか? 対バンしてほしいです!」と直接連絡をもらって。俺は出る気満々で、その時メンバーとたまたま一緒にいたから、「こんな話が来てるんだけど、どう?」と訊いたら、「出る出る!」と前向きな感じだったので。その時もあっこちゃんはすごく喜んでくれていたんだけど、実際に対バンが終わった後はそれ以上で、「本当に夢のようだった」と言って感動してくれていて、出てよかったな、と思いましたね。

――そして、7月25・26日の函館アリーナこけら落とし公演(※13)は、全部シングル曲というコンセプトでした。振り返ってみて、いかがですか?

JIRO:選曲に関してはすごく迷いましたね。俺たちは並行して物事を考えられないところがあるんだけど、東京ドームに向けて自宅練習をしていた時にスケジュールを見たら、ドームが終って1週間も経たないうちに函館に向けたリハーサルが入っていたので、「そろそろ選曲を出さないとまずいな」と気付いて。皆も予習復習で困るし、スタッフも困るだろうし。だから、普段だったら「どんな曲やりたい?」とメンバーに訊くんだけど、これはまずは自分の独断で出してみよう、と。函館に住んでいる一般の人たちもたくさん来るという予想をしつつ、GLAYを本っ当に心から大好きな人は、どんなに大変な想いをしてでも、這ってでも来てくれるんじゃないかな?とも思っていたので、その両方の人たちを満足させるにはどうしたらいいかな?と考え始めたんですよ。そこで、「短期間ですごい数の曲を覚えなければいけないけど、シングルベストをやってみる価値はあるな」と思って。とことんメジャーな曲で、函館の一般層の方たち対してのサービスみたいなものと、熱烈なファンの人には日頃の感謝を込めて、超コアなシングル曲をやろう、と。TERUにとっては新曲のようなものだから、「イヤだ!」と言われそうだな、とは思ったんだけど(笑)。

――(笑)。キーの高い曲が多い、ともTERUさんは前夜祭のMCでおっしゃっていましたね。

JIRO:言ってましたね。シングル曲はやっぱり気合を入れてつくるからキーが高いんじゃないか?と言っていて、「あ、なるほど」と俺も思った。TAKUROも、(シングルだと)歌詞が長くなったりすると言ってたし。でも、けっこう皆セットリストには満足してくれたんじゃないかな? これをやったことによって、(前述の)両方の層のファンの人たちのことを意識した選曲が「あ、できたな」という手応えがありましたね。

――21周年に突入し、新たなスタートを切っているGLAYの皆さんですが、今後こう変化して行きたい、というのはありますか?

JIRO:俺は5年後、10年後というふうにはあまり考えないから、「今何が楽しみか?」というと、明後日のプリプロ(※14)かな?という感じ。それと、来週のレコーディングですね。

――今、どんな曲が生れて来ているんですか?

JIRO:俺の曲は少し前からあった曲なんだけど、どうしてもやってみたかった曲で。でも、かなり実験的だから、ファンの人に人気が出るかは分かんない(笑)。ライブを想定してみると、クールに演奏できそうな気がするカッコいいロックンロールだし、照明のイメージなんかも浮かぶんだけど、果たしてそれが盛り上がるかどうか?と言ったら……(笑)。そんな曲です。でも、他の3人の曲はすごくポップないい曲ですよ。俺がそういう実験的なロックンロールをつくって、他の3人がメジャーな疾走感のある8ビートをつくっている、というのはわりと珍しいかも。

――そんな中、THE PREDATORSの活動でもお忙しいですね。アルバム『ROCK’N’ROLL PANDEMIC(※15)』がリリースされましたが、前作『Monster in my head(※16)』に比べてよりストレートでポップなロックアルバムになっている、と感じました。7曲中JIROさん楽曲が5曲と多いですが、手応えはいかがですか?

JIRO:今までは"NIRVANA(※17)縛り"で、さわおさんも、俺から出て来る曲の中でも"NIRVANAっぽい曲"をチョイスしていたと思うんですよ。その中にたまにポップな曲が入る、というバランスで過去の作品はやってきたんだけど、今回は(山中)さわお(Vo・G)(※18)さんが「ロックンロールのアルバムをつくりたい」と言っていて。「だったらいっぱいあります」ということで俺のストックを集めてみたら、3コードか4つのコードぐらいでできた簡単でポップな曲がたくさんあったんです。でも、テイストが似通っていたから、「どちらか気に入ったほうを採用してもらえばいいかな?」ぐらいの気持ちでドン!と送ったら、「これも歌詞を書けた、これもできた」という感じで(さわおさんが歌詞を付けてくれて)、結局5曲になった、という感じでしたね。

――そうだったんですね。リード曲「Nightless City(※19)」は、さわおさん・高橋宏貴(Dr)(※20)のおかげで「デモに比べてメジャー感が出て、スケール感が大きくなってうれしい」とおっしゃっていましたね。

JIRO:それはどの曲も全部そうなんだけどね。その中で、「LAID BACK BOY’S BLUE(※21)」は一番、俺のデモの感じに近いかな。この曲だけは今年新しく出来たもので、珍しくギターリフからつくった、ということもあって。

――1、2月ぐらいに、「すごくカッコいい曲ができた」とおっしゃっていたのを覚えています。いつもとは違う引き出しを開けてみよう、という感じだったのですか?

JIRO:どうなんだろう? 曲づくりをしていたらあのギターリフが生れて、「ここから曲をつくってみよう」と思ったのかな。あと、「Smoky Surf Shop Boogie(※22)」という曲は、実はTERUにも歌ってもらったことがあって。アルバム『MUSIC LIFE(※23)』の(曲出しの)時に亀田さん(※24)に聴いてもらってるんだけど、あの時は「MUSIC LIFE」と「YOU」が採用されたんですよ。この曲はテイストが(『MUSIC LIFE』には)合わなくて。でも俺はすごくカッコいいと思っていて、絶対THE PREDATORSだったら合うな、とも思ったから聴かせたら、案の定、さわおさんも高橋くんもすごく気に入ってくれて。

――最初からSurfというキーワードはあったんですか?

JIRO:もともとは違ったんですよ。デモの段階では、カッコつけてるラップ少年のちょっとふざけた歌詞を書いていて。そういう脈絡のない仮歌詞を書くことが元々は多かったんだけど、亀田さんとやるにあたって、「もう少しちゃんとした歌詞を書いて、印象よく聴いてもらおうかな?」と思うようになって、一応辻褄の合うような歌詞にしたんです。そういう書き方をした結果、亀田さんに「YOU(※25)」の歌詞を「いいと思うよ」と言われて採用になったりもしたので。だから、この曲も「Surf Shop」というタイトルにして、サーフショップとかスケーターとか、そういうテーマで書き変えたんです。そうしたら、(さわおさん・高橋さんの)感触も良かったですね。この曲もそうだけど、今回の俺とさわおさん共作の歌詞は、俺の仮歌詞を元に、さわおさんがキーワードを拾って別の話として広げて行った、という感じです。

――GLAYの活動で仮歌詞の精度を上げたことが、結果的に、THE PREDATORSの楽曲にも作用したわけですね。そんなTHE PREDATORSも今年10周年。JIROさんの中で位置付けは変わって来ていますか?

JIRO:最近は無理なくできてきてるかな?と感じますね。こっちをやるからにはGLAYの活動に対してより真剣にならないといけないな、という気持ちはずっとあって。今はすごく忙しいんだけど、どちらも真剣にやっていると逆にハイになって来て、「意地でもやってやろう!」みたいなね(笑)。先週も、GLAYのプリプロに向けて、「まぁ、JIROは今THE PREDATORSをやってる時期だしな」とは思われないようなベースのフレーズづくりをしたかったので、4日間ぐらい家から出ずにずっとベースを弾いていたし。でも、絶対それが結果に繋がるはずだから。

――お互いの活動にいい影響を与え合っているんですね。

JIRO:あのまま函館アリーナ公演が終わってオフになっていたら、もっとダラダラしていた気もする。20周年が終わってポッカリ穴が開いた状態ではないのが、逆にいいのかもね。

――そして、9月23日からはTHE PREDATORSのツアー(※26)が始まります。

JIRO:さわおさんが送ってくれた選曲を見たら、さすがに5枚目のアルバムなので、スーパーベストな感じになっていましたね。皆が「これが聴きたかった!」という曲は全部聴けるんじゃないかな?という、すごいライブになると思う。キャリアのあるバンドを知って自分で掘り下げて行くと、「この曲すごい好きだ!」と思っても、なかなかライブでやってくれなかったりするでしょ? でも、THE PREDATORSは今のうちに観ておけば、好きな曲を全部聴けると思う。あと1、2枚アルバムが出たら、好きな曲をライブで聴けなくなるだろうから、今回のツアーはある意味、最後のチャンスかもしれないですね(笑)。

※1:THE PREDATORS
2005年にthe pillowsの山中さわおとJIROが意気投合し、ドラムにストレイテナーのナカヤマシンペイを迎え結成されたロックバンド。2010年にナカヤマシンペイが脱退、高橋宏貴が加入し、現在に至る。2015年、3年ぶりとなるニューアルバムを発表。http://thepredators.net

※2:白いジャケット
2005年3月13日「GLAY 10th Anniversary Year Final GLAY DOME TOUR 2005 "WHITE ROAD」最終公演で、TERUは自らが着ていたジャケットをマイクスタンドにかけ「10年後にこのステージにこのジャケットを絶対取りに来る」と宣言しステージを降りた。2015年5月30日、その約束は5万人が見守る中、見事に果たされた。

※3:SHUTTER SPEEDSのテーマ
1996年11月18日発売3rd アルバム『BELOVED』に収録。ベースソロ、歌いだしなどJIROを大きくフィーチャーした曲で、ライブでの人気は絶大。

※4:HEROES
5月25日発売のニューシングル「HEROES/微熱Ⓐgirlサマー/つづれ織り~so far and yet so close~」に収録されているTERU作詞・作曲のナンバー。前シングル「疾走れ!ミライ」につづいてテレビ東京系アニメ「ダイヤのA」(毎週月曜18:00~他)のオープニングテーマとしてオンエア中。 試聴はこちらから。

※5:RAIN
YOSHIKIがプロデュースした1994年5月25日リリースのデビューシングル表題曲。

※6:LUNATIC FEST.
LUNA SEAが主宰するロックフェス。2015年6月27日(土),28日(日) 幕張メッセにて開催。GLAYは2日目に出演。
http://lunaticfest.com/

※7:エクスタシーレコード
YOSHIKIによって1986年に設立されたレコード会社およびインディーズレーベルである。日本のロック、特にヴィジュアル系ロックを広く世間に広めた先駆的存在

※8:微熱Ⓐgirsサマー
5月25日発売のニューシングル「HEROES/微熱Ⓐgirlサマー/つづれ織り~so far and yet so close~」に収録。最新情報はこちら(試聴もスタート)

※9:HEAVY GAUGE
1999年10月20日に発売された5thアルバムのタイトルナンバー。

※10:LUNA SEA
日本のヴィジュアル系ロックバンド。1989年に現メンバーで結成し、1992年メジャーデビュー。2000年に終幕を宣言し活動を休止したが、2010年に活動を再開

※11:SHADE
1989年12月に発売された2ndデモテープのタイトルナンバー。再録バージョンが1stアルバム『LUNA SEA』に収録された。

※12:チャットモンチー
2005年にメジャーデビューした3ピースガールズバンド。ベース、ドラムの福岡晃子はオリジナルメンバーの一人。16thシングル「こころとあたま/いたちごっこ」が2014年10月29日にリリースされた。

※13:函館アリーナこけら落とし公演
老朽化した函館市民体育館に替わる施設として建設された函館アリーナのこけら落とし公演を7月28&29日の両日実施。函館アリーナはその後2015年8月1日に正式オープンした。http://glay-hakodate.jp

※14:プリプロ
プリプロダクションの略。本番のレコーディングのガイドになるよう大まかなアレンジや曲構成を決める作業。

※15:ROCK’N’ROLL PANDEMIC
2015年8月26日に発売された THE PREDATORS 5thアルバム。

※16:Monster in my head
2012年8月1日に発売された THE PREDATORS 4thミニ・アルバム。

※17:NIRVANA
1987年に結成された、アメリカのロックバンド。1994年活動休止。GLAYにも多大な影響を与えており、2ndアルバム『Nevermind』はGLAYの変名バンド名もなっている。

※18:(山中)さわお(Vo・G)
1989年に結成されたthe pillowsのボーカル&ギター。楽曲のほとんどの作詞作曲を手掛けている。2005年にJIRO、ストレイテナーのナカヤマシンペイとでTHE PREDATORSを結成。

※19:Nightless City
2015年8月26日発売 THE PREDATORS 5thミニ・アルバム『ROCK’N’ROLL PANDEMIC』収録曲。
https://www.youtube.com/watch?v=PIzbvVue8dY

※20:高橋宏貴(Dr)
ELLEGARDEN(1998~2008年、活動休止中)、Scars Borough(2008年~)の ドラムス。2010年よりTHE PREDATORSに参加

※21:LAID BACK BOY’S BLUE
2015年8月26日発売 THE PREDATORS 5thミニ・アルバム『ROCK’N’ROLL PANDEMIC』収録曲。
http://www.thepredators.net/release/?category=cd

※22:Smoky Surf Shop Boogie
2015年8月26日発売 THE PREDATORS 5thミニ・アルバム『ROCK’N’ROLL PANDEMIC』収録曲。
https://www.youtube.com/watch?v=UrlhKvlsJpk

※23:MUSIC LIFE
2014年11月5日発売
好評発売中
 詳しくはコチラ

※24:亀田さん
日本のミュージシャン、音楽プロデューサー、ベーシスト。バンド・東京事変の元メンバー。数多くのミュージシャン/アーティストのプロデュース、編曲、楽曲提供を手がけている。GLAYは2006年の夢人島FESでプロデュースをオファー、2013年7月24日発売の「DARK RIVER」で実現した。最新シングルも亀田氏プロデュースである。

※25:YOU
2014年7月9日発売50thシングル『BLEEZE ~G4・III~』収録曲。海外ドラマ「レザレクション-よみがえり」の日本版放送に際し、テーマ曲に2シーズン連続で採用された

※26:THE PREDATORSのツアー
「ROCK'N'ROLL PANDEMIC TOUR」は9月23日スタート。
スケジュールはこちらhttp://www.thepredators.net/live/