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JIRO WEB INTERVIEW

いよいよ発売間近!11月5日発売のニューアルバム「MUSIC LIFE」。メンバーが語るインタビュー・シリーズのラストはJIRO!

――今回のアルバムと過去のアルバムを比較して、印象的なことはありますか?

JIRO:まずTAKUROくんがヘンな曲を作りたがっていたというのが、一つありますね。

-―そこには、他のメンバーがちゃんとしたGLAYらしい曲を作ってきた背景があるのでは?

JIRO:TERUの作った「BLEEZE」がシングルになるのは決まっていたので、それが"柱"になったことは確か。「BLEEZE」はけっこう王道的な曲なので、TAKUROくんはわりと遊んだ曲をやったのかな?とも思います。あとは、亀田さんとの(アルバムとしては)初のセッションだったので、僕含めみんなが気合い入っていたんじゃないかな?

――プリプロダクションって、長くやっていたじゃないですか?あの時期は、曲の方向性をいろいろ試した時期だったんでしょうか?

JIRO:そうですね。佐久間さんとやっていた時には、初めてセッションした時から、わりとその場のノリで作っていくことが多かったので。TAKUROくんが曲を持ってきました、その場でみんなに聴かせて、プリプロダクションの形がよければ「それ採用!」ということになり、それがいい時もあれば悪い時もあったんですね、正直なところ。「もっとこの曲は煮詰めてもよかったなあ」とあとで思う時もありました。でも、作者であるTAKUROくんがそれで納得していたこともあり、もしも僕が納得いかないんで時間くれと言ったら時間くれるし、ただ行き当たりばったりで作ったものを「勢い」というふうに言ってたところもないわけではありませんでした。

――印象深いレコーディング現場は、どういうものでしたか?

JIRO:僕やTAKUROくんの曲は、デモ段階で1番しかない状態だったので、それを展開させていきました。だから構成作りも亀田さんにやってもらった曲もけっこうありますね。中には、亀田さんがベースを軽く弾いた曲もあったので、そのプレイに影響された曲もあるし、ほんとにそのままフレーズをもらったものもあります。亀田さんに「これ以上のフレーズは俺の引き出しにないんで、もらっていいですか?」と言ったら「どうぞどうぞ。JIROくんが弾けばJIROくんのものになるから」という返事だったので、ほんとにもらいました(笑)。20年目を迎えてなかなかこうした経験はないので。初期の「ずっと二人で」って曲のベースは、佐久間正英さんが作ったフレーズだったんですが、その時も「俺の引き出しにないんで、このまま弾いていいですか?」と佐久間さんに言ったんだけど、それと同じような感じでした。デビューから20年経って、またそういう機会ができたのは、とても新鮮でしたね。